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シドニーの女性エンジニア特集 – 第1回:ニナ・キルピネン氏

執筆:ティナ・マーフィー(Aerotek Sydney、コンサルタント)

私は、(採用コンサルタントとしての業務の一環で)かれこれ2年近く土木業界に身を置いており、その何もかもに惚れ込んでいます。 進行中または計画中のプロジェクトや、各プロジェクトの課題、その課題を克服して実に素晴らしい成果を挙げるチームの取り組み。それらについて理解を深める過程には、格別の喜びがあります。

そんな中、ダイバーシティの推進要因や、エンジニアリングの世界にもっと多くの女性たちを呼び込む方法といったトピックについてしばしば耳にしてきました。 これらの課題が常に念頭にあり、それなら私にできることをやってみよう、世界規模のプロジェクトを成し遂げるのに欠かせない有能な女性たちを世の中に知ってもらおうという決意に至ったのです。

そこで立ち上げたのが、この連載ブログ「シドニーの女性エンジニア特集」です。 エンジニアリング分野のあらゆる舞台で活躍する女性たちから業界での体験談を募り、毎月更新していく予定です。 縁あってWomen in Engineering Australiaのさまざまなイベントに参加してきた私が、そこで出会った多くの人々をご紹介していきます。 キャリアやモチベーション、挑戦について女性たちから生の声を聞き、早くも心地よい刺激に満ちた有意義な企画となりつつあります。 この貴重なインタビューを業界に届けることができて光栄です。参加してくださった方々に感謝申し上げるとともに、お読みいただいた方からのご感想を心より楽しみにしています。 引き続き多くの方のご参加をお待ちしています。

第1回 – ニナ・キルピネン氏
私がニナと知り合ったのは、Women in Engineering Australiaが主催したソーシャルアントレプレナーシップ関連のセミナーに参加したときのことでした。

彼女の体験談は大変興味深く、聞けば聞くほど関心をそそられました。エンジニアリングやダイバーシティの推進に対するニナの情熱にすっかり魅せられた私は、目の前の事業だけでなく業界全体にダイバーシティをもたらそうという彼女のモチベーションを深く掘り下げずにはいられませんでした。

20年以上にわたりエンジニアリングに携わっているニナは、ベテランプロジェクトマネージャーとしてだけでなく、有能なエンジニア、そしてリーダーとしての高評価を確立しています。彼女の参加事業には著名かつ複雑な交通プロジェクトの数々が名を連ね、Sydney City Centre Access Strategy(シドニー市内中心部へのアクセス戦略)プロジェクトや、WestConnex Enabling Works(空港へのアクセス改善事業)、グレートウェスタンハイウェイの改修プロジェクトなどが代表的。

ニナは現在、業界全体にダイバーシティをもたらすための一歩として、革新的なエンジニアリングコンサルティング会社Seed Engineeringのマネージングディレクターを務めています。 そんな彼女に、エンジニアになろうと思った動機、そしてこの業界でどのようにキャリアアップを遂げてきたのかを尋ねました。

エンジニアを志したきっかけは何ですか。 エンジニアリング分野で働くことを選んだ理由を教えてください。

複雑なものに魅力を感じる傾向があり、パズルのピースを組み立てるような作業に目がないのです。 難しいほど張り合いがあるので、正しいピースが見つからなかったり、どのピースを探しているのかすらわからないときは一層わくわくします。複雑に入り組んだインフラストラクチャプロジェクトや大勢の人たちとのコラボレーションは最高に楽しいです。 分野横断的なハイパフォーマンスチームを結成する過程は、まさに究極のパズル。いわば人間テトリスのようなものです。

現在の職種と在職期間を教えてください。 また、職務内容も簡単にご説明をお願いします。

2015年に設立されたSeed Engineeringのマネージングディレクターを務めています。小さなエンジニアリングコンサルティング会社で、正社員は8人。他に独立したパートナーが多数います。 事業内容は、大規模なマルチモーダル交通プロジェクトの開発・遂行。その中で私は、大がかりなインフラストラクチャプロジェクトのシニアプロジェクトマネージャーの立場に立つことが多いです。

これまでのキャリアにおけるご自身の歩みを大まかに教えていただけますか。

エンジニアリングのキャリアに関しては猪突猛進の傾向があり、のっけから異例のスピード出世でした。 20代後半の頃、エンジニアリング分野での将来のキャリアパスに限界を感じ、小売企業を興したのですが、これがなんと大成功。 その会社が急成長し始めたときに、私はエンジニアリングを離れました。正直なところ二度と戻ることはないと思っていたのですが、30代半ばを迎え、その小売企業の構造が大きく変化する頃になって、自分のエンジニアリングスキルをもう一度試してみることにしたのです(使わなければ衰える、という発想でした)。 実際、大型交通プロジェクトに関わるエンジニアリングのコンサルティング業務という形でスムーズに復帰でき、ブランクがまるで感じられないほどでした。 それから4年後にSeed Engineeringを設立。テクノロジー主導型のコンサルティングエンジニアリング会社として成長させ、自分がより長期的に働き続けたいと思える環境を作り上げることが目標でした。 女性のシニアエンジニアを受け入れ、もっと柔軟な業務慣行を取り入れるためにも、エンジニアリング業界には劇的な変革が必要です。 40代を生きている今、私のキャリアの新しい1ページが一体どんなものになるのか、とても楽しみです。 変化を起こしたければまず自分が起爆剤になる必要がある、というのは本当ですね。

これまでに携わったプロジェクトのうち、ご自身のキャリアを方向付けるような代表的なものといえば何でしたか。

幸運にも、キャリアの初期段階からいくつかの華々しいプロジェクトに恵まれ、履歴書に箔を付けることができました。 初期に参加したプロジェクトには、M7モーターウェイの計画事業、ノースウェストトランジットウェイの設計開発、2000年のシドニーオリンピックに向けた交通管理などがあります。 それ以降、シドニーで17以上の道路・自動車道主要プロジェクトに参加してきましたが、輝かしい成功ととんでもない失敗の両方を経験してきたことを公言しているのは、世界広しといえども私ぐらいのものでしょう。 最も親しくしているクライアントからも指摘されたことなのですが、私が特に誇りを感じているプロジェクトに共通しているのは、関与する「人」がすべてを握るという点です。 私の仕事の舞台は非常に小さな世界ですから、素晴らしい人たちと協働できるプロジェクトにいつも引き寄せられてしまうのです。

今ある地位に至るまでに克服しなければならなかった課題とは、どのようなものですか。

以前、ある同僚に言われたのです。私は体の中に強力な方位磁石を持っていて、自ら舵を取らなければ気が済まないタイプだと。 インフラストラクチャを扱う女性エンジニアという、決して簡単ではないキャリアパスを選択したことは自覚していますが、それでもなお、後悔したことは一度もありません。 この現状にたどり着けたこと、オーストラリアに住んで素晴らしい機会を与えられてきたことは本当にラッキーでした。

これまで、キャリアの構築を支えてくれたメンターやインフルエンサーのような重要人物がいましたか。また、あなたのキャリア形成における彼らの影響力とはどのようなものでしたか。

エンジニアリングというキャリアの中で、私が多大な影響を受けたメンターが少なくとも6人いると思います。 面白いことに、全員がまったく違うバックグラウンドを持ち、私と出会ったタイミングもまちまちです。 私は彼らのことを、それぞれ大切な友人だと思っています。 このメンターたちは、さまざまなサポートからキャリアに関するアドバイス、私の実力が試されるような激しい舌戦まで、すべてを与えてくれた恩人です。 私は常に上を目指したいと思っていますし、自らの経験を惜しみなく分け与えてくれるベテランたちと時間をともにすることは至上の喜びです。

業界の何らかの要素を変えられるとしたら、何を変えますか。

やはり、エンジニアリング・建築業界における女性の活躍の機会を増やすことに心血を注ぎたいです。 シドニーの巨大交通インフラプロジェクトを女性エンジニアが率いるようになる日が来ることを願ってやみません。 ただし、単に名目だけの役職に女性をあてがうのでは意味がないのです。

ダイバーシティの推進は今どのような段階にありますか。 多様性を強く求めることにはどのような意味があり、これまでの成果はどのようなものですか。

20年以上に及ぶエンジニアリング人生において、女性エンジニアを上司に持ったことが一度もありません。 建築業界への女性の参加度が下降傾向にあること、性別による賃金格差が依然として顕著であることは、統計に厳然と表れています。 このテーマの生き字引とも言えるのが、UNSWで博士課程を履修中のナタリー・ゲーリア氏。 彼女の研究は、私たちに真実を突きつける大変興味深いものであるばかりか、科学的根拠に裏打ちされた貴重な問題提起。建築・エンジニアリング業界のダイバーシティについて私に反論したい方、現状のままで何の問題もないとおっしゃりたい方は、一読の価値ありですよ。

現在のあなたから過去の自分に何か1つだけアドバイスをするとしたら、どんなことを伝えますか。
メンターたちとの間に信頼関係を築き、頻繁に交流を持つこと。そんなことは無駄だと思うなら、試しに1人だけを選んで実行してみなさい。

子供の頃、将来の夢は何でしたか。

建築家になりたいと思っていました。 父がレンガ職人で、私が高校生だった頃、住宅建築現場の作業をときどき手伝わせてくれたのです。 16歳になった頃だったか、学校の長期休暇中に、現場で男女混合の作業員グループと一緒になりました。 彼らと話をしてどんな人たちか確かめておいでと父が言うのでそのとおりにしたところ、彼ら全員が建築学部出身で、職にあぶれていることがわかりました。 あれはきっと、建築家よりもエンジニアを目指すべきだという、計算し尽くされた父なりの誘導だったのでしょう。

仕事以外の時間はどのように過ごしていますか。

実は、熱狂的なスノースポーツマニアです。 スキー好きな家庭に育ち、全国大会の出場経験もあります。今では3人の子供たちが私の後に続いています。 冬の間はほとんど毎週末スキーに出かけますし、毎年可能な限り数週間は海外でも滑ります。


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